これまでの日本の教育は、知識や技能の評価が大きなウエイトを占める「社会に適応させるための教育」が主流でした。
しかし昨今は、未曾有な事態が次々と起こる不確実な社会となり、子どもたちのために、必要な教育のあり方も変わってきています。
そこで、“これからの教育のあり方” を考えるためにお招きしたのは、モンテッソーリ教師あきえ先生です。オルタナティブスクールの立ち上げ経験があるコーチの岡田 裕介さん、同じくコーチであり1児の母でもある松浦 瞳さんと共に、コーチングと教育の接点について深掘りしていきました。
〈登壇者プロフィール〉
モンテッソーリ教育とコーチングの共通点
松浦:あきえ先生はVoicyという音声メディアで、モンテッソーリ教育や子育てに関する発信を行っていますよね。私は現在子育て真っ最中で、妊娠期から家事のお供として先生のVoicyを聞いているのですが、改めてモンテッソーリ教育とは何かを教えていただけますか?
あきえ先生:モンテッソーリ教育は最近だと藤井聡太棋士が受けた教育として知られています。「才能を伸ばす」といった文脈で話題になることが多いのですが、決してそうではありません。
モンテッソーリ教育は「子どもは皆、自己教育力がある」という考え方をベースとする、子ども主体の教育方法です。大人を「指導者」ではなく、「子どもたちを観察しながら適切な環境を整え、サポートをする存在」としています。
松浦:ありがとうございます。あきえ先生のVoicyでモンテッソーリ教育の考え方を知る中で、私としてはモンテッソーリ教育とコーチングの考え方には、通ずる部分がたくさんあると思いました。
あきえ先生は「THE COACH ICP」を受講していただきましたが、コーチングとのつながりを感じる部分はありましたか?
あきえ先生:たくさんありました。たとえば、大人も子どもも関係なくひとりの個人として尊重する点。モンテッソーリ教育でも、年齢が自分よりも大幅に低いからといって劣ったものとして見るのではなく、信頼関係を構築しながらコミュニケーションを図ることが大切です。
岡田:あきえ先生のおっしゃったように、相手を子どもとして見る前に、人対人としてどう関わるか。本当に大事なことですよね。
松浦:先ほどのご説明で、先生から「観察」という言葉が出てきました。これは子育てをしている身として観察とは何か身をもって体感していて。目だけで観察するのではなく、自分の感覚器官をフル稼働させる感じが、コーチングで傾聴しているときと同じ感覚でした。
あきえ先生:コーチとしてクライアントと関わった経験が、子育てにも活きているんですね。この観察力や傾聴力ってスキルとして捉えられがちなのですが、私は意識したからといって使えるようになるものではないと思うんです。その人の「あり方」にも関わる部分で、その土台が整うと今ここに集中して観察ができると考えています。
岡田:「どうあるのか」という考え方は大事ですね。個人的には傾聴や問いというのは、本来人間に備わっているものだと思っていて、人と関わるプロセスで思い出すものだと思っています。どうあるのかが自分の中で整うと、傾聴や問いが自然にできるコミュニケーションスタイルに変わっていくのではないでしょうか。
あきえ先生:人本来の力として備わっているという考え方はまさにですよね。そもそも原始的な時代から観察することで、食べ物を探したり危険を察知していたと思うので、観察力や傾聴力のようなものはDNAに刻み込まれているはず。本来持っている力を思い出すプロセスというのは、素敵な考え方ですね。
コーチングやモンテッソーリ教育に触れることで、登壇者に生まれた変化
松浦:ここからは、コーチングやモンテッソーリ教育の考え方に触れ、実際に体験することで私たちにどんな変化が生まれたのかをお聞きできればと思います。
岡田:僕の場合は、コーチングに触れることで自分が素になったなと強く感じます。僕はコーチングに出会う前は性能の悪いAIと言われていて、それくらい感情が表に出ない人間でした(笑)。
それはそれとして普通に生きていたんですけど、振り返れば自分の感情にすら気づけていなかったから、表に出せなかったのだと思います。ある意味、下手に感情を出さないことで社会を生き抜こうとしていたのかも。
そこからコーチングに出会うことで、自分の中にあるものを認めていき、ここにあるものをそのまま出してもいいんだって思うようになる。そこから相手や世界との向き合い方も変わって、以前よりもそのままを見られるようになったんだと思います。
あきえ先生:私も自分自身のあり方が変わりました。モンテッソーリ教育は子どもと関わる際に尊重をベースにするので、他者や自分も含めて尊重できるようになった。
子どもを尊重するためには自己コントロール力が必要で、「自分ってこんなに忍耐力がないんだ」「自分はこういうことに反応しやすいんだ」と気がつけば自分と向き合っていることがあります。
すると、自分が尊重されるような環境に今いるかどうかにも敏感になって、心地良いと思える場所を選ぶようになるんです。尊重をベースにして人と関われるようになってから、心が豊かになったのは間違いありません。
松浦:面白いですね。モンテッソーリ教育もコーチングも、誰かのために何かをするような考え方に思えて、ご自身のあり方にも大きな影響がある。
少し話がずれるかもしれませんが、私は子どもができて見える世界が変わって。子どもが「葉っぱ葉っぱ」と私に話してくれて、世の中にこんなに葉っぱがあるんだと思うことがあります。子どもと関わることでこんなに見えていなかったこともあるんだと、日々教えてもらいながら過ごしています。
今の教育、そしてこれからの教育にはどんな事が必要?
松浦:あきえ先生はもともと公立の幼稚園で働いていて、その教育のあり方に違和感を抱いてモンテッソーリ教師になられたんですよね。これまでの日本の教育の問題点や、これからの教育に関してどのように考えているのでしょうか。
あきえ先生:変化のスピードが早い時代なのに、大人主導の画一的な教育をし続けるのは時代遅れなのでは?という気持ちが教員時代にどんどん大きくなっていきました。今の時代、そしてこれからの時代を生き抜くためには、何が問題かを見極める力、そして解がわからないところに向かっていく力が必要ではないかと考えています。
あきえ先生:だからこそ、子ども自身が意思決定のできる環境が整えられていることが必要。五感を使って探究活動ができる時間と自由を、ご家庭や幼稚園などで確保するのが望ましいと思っています。
岡田:非常に難しい問題ですね。あきえ先生のおっしゃるように、子ども自身のフィールの部分はこれからもずっと大切になってきます。
あくまで主観ですが、ひと昔前のビジネスの現場では人を道具のように捉えていた会社も多かったのではないかと思っています。Aを入力したらBが出力できる、そんな人材を集めて、会社を成長させる。だからトップダウン的なマネジメントができたと思いますが、今は複雑性が高い時代です。
これは単に時代の変化と表現されることがあります。しかし、人間はそもそも複雑な存在であり、そこに多くの人が気づき始めてきているから、昔のやり方が通用しなくなっているとも考えられます。
ビジネスや教育の現場に関わらず、やはり大切なのはひとりの人として見ること。子どもとどう関わるかのヒントは外側にあるかもしれませんが、答えは自分と相手との関係性の中でしか見出せません。その子とどう向き合ったら良いのかは、きっと自分の中に答えがあるので、そこに気づいていくことが大切なんだと思います。
子どもと関わる“大人”はどうあるべき?
松浦:これまでにあり方の話がたくさん出てきましたが、改めて子どもと向き合う我々大人はどうあるべきか、おふたりはどのように考えますか?
あきえ先生:私としては、「あるべき姿」はないと思って、大人だからといって完璧である必要はないと思っています。子どもも未発達だし、親や教師も発展途上。私もあなたも不完全だから、共に育ち合いましょうという気持ちが大事なのかなと思います。
子育ては長期戦なので、子どものために我慢をするのは持続可能性が低いですよね。大人は大人で人生を自律的に楽しむ。そんな大人がそばにいることが子どもにとっての価値になるのではないでしょうか。
松浦:共に育つって言葉、響きますね。自分の中の未完成な部分も受け止めながら、子どもと一緒に育っていけばいいというのは、すこし救われた気持ちになります。
視聴者の方からは「THECOACHでいう、人はみな満ち足りた存在だということは、完璧な存在とは別なのだということに気づかされました。その違いに敏感でありたいです。」というコメントが届きました。
岡田:素敵なコメントですね。今のあきえ先生のお話が全てだと思いますが、やはり大人は素でいることが大切だと思います。素でいるからこそ、自分自身や相手の中にあるものをそのまま見つめられるし、結果的に良い関係性が育つ。
ただ、折に触れて大人として伝えるべき場面は来ると思うので、NOと制限をかける必要もある。そこは自分自身の器が問われる、さじ加減が難しいところだと思います。
子育てにコーチングをどう活かしたら良いのか?
松浦:ここからは視聴者の方から事前にいただいた質問をもとに、お話ししていきたいと思います。まずはこの方から。
松浦:子育てをしている立場としては、まずは自分自身のコンディションが整うツールとしてコーチングを活用していただくのが良いのかなと思いました。
子どもと接するときに自分自身はどんな状態かを観察して、それをパートナーと分かち合うだけでも気持ちは整うはず。必ずしも子どもに対してではなく、セルフコーチングのような使い方をしてみるのはおすすめです。
岡田:意外な回答かもしれませんが、僕は活かそうとしなくてもいいのかなと感じました。
というのも、コーチングに触れている時点で、おそらくご自身の中に変化が起きていると思うんです。あり方が変わると、子どもとの関わり方も自然に変わっていくはずなので、スキルとして活かそうとしなくても大丈夫かなと思います。
あきえ先生:おっしゃる通りですね。もしかしたら、変化自体にご自身が気づいていない可能性もあるかも。コーチングを学ぶことで、劇的な変化が起きていなかったとしても、ご自身のあり方は少しでも変わっているはずなので、すでにコーチングの考え方はにじみ出ているのではないでしょうか。
親なのに子どもの前で涙を流してもいい?
松浦:こちらの方も日々頑張ってらっしゃるのが文章から伝わりますね。まずはその気持ちわかりますよ!ってお伝えしたいです。
あきえ先生:お子さんとの関わりを真剣に考えてくるからこそ、湧いてきた疑問なのかなと思います。ありますよね、泣きたくなること。
子どもの前で泣いちゃってもいいんだっけ?という疑問に関しては、OKだと思います。もちろん子どもに対して怒鳴り散らすのは別ですが、子どもにとっても、こういうことをされると嫌なんだなと知る場面になると思うんです。そのときの感情を我慢する必要はなく、あふれてくる涙はそのままあふれさせていいと私は捉えています。
岡田:僕も共感の嵐です。親が子どもに嫌なことをされた場合、子どもはそれを理解する必要がありますよね。傷ついたのに我慢するのは自然な反応ではありません。
ただ、何かをされて怒りや悲しみが生まれるのは、その奥に何か自分が大切にしていることや願いがあるからだと思うんです。単に感情を吐き出すよりは、こういうことをされて悲しくて、それは私がこう思ったからなんだ。そんな願いの部分を真摯に伝えると、相手はきっと受け取ってくれると思います。
松浦:感情的になることと、感情を伝えることは大きな違いですよね。大人か子どもかに関わらず大切なことだと、聞いていて感じました。
心理学を学んだことで、かえって子育てに自信が持てない
松浦:こちらもすごくわかります。心理学を学ぶとこれやっちゃいけないんだと思い、固まってしまう瞬間が私にもありました。
岡田:たしかに、心の構造を知れば知るほど人と関わることの解像度が上がって、関わり方が繊細になるのは非常に共感します。ご質問者さんはすでにお子さんがいるのでしょうか。だとしたら、自信がなくなるくらいその子のことを大切にされていて、文章から愛を感じます。
ただ人ってそこまで弱い存在ではないと僕は思っているので、何を体験したとしてもその子なりに何かを受け取って成長してくれるはずです。その生命のたくましさを信じながら誠意を持って関われば、心配しすぎなくても子どもはすくすくと育ってくれると思います。
あきえ先生:一度きりの子育てだからと責任感が湧いてきて、失敗しないようにという思いが乗っているのがこの文面から感じました。もしかすると、今は学んだことに振り回されている状況なのかもしれません。知識として得たことが咀嚼できていなかったり、考えることが多すぎてパンクしたりしてしまっている。
ただ、学習していることは素晴らしいので、それを続けていれば自分のものとして使える日が必ず来るはずです。ご質問者さんも私も未完成だから、トライアンドエラーをしていこうという気持ちはお互い忘れずにいたいですね。
子どもと共に生き、今をどう味わうか
松浦:子育てや教育をテーマにお話ししてきましたが、おふたりにとってどんな時間になりましたか。
あきえ先生:もっともっとお話ししたいことがたくさんありました。私は2児の母なので、正直内省する時間ってなかなか持てないですよね。目まぐるしい毎日を過ごす中で、自分の器を整えようと思ってもそんな余裕がない。でもそれでいいと受容することがスタートで、どうありたいかを考えようとすることに意味があるのだと改めて実感しました。
岡田:個人的なハイライトとしては、やはり子どもか大人に関わらず、人対人としてどう関わるかに尽きる。子どもだから大人はこうあらねばという一般論ではなく、相手との関係性ごとに答えがあるので、結局は自分自身の中にあるものを見つめて、気づくことが大切なんだと話していて感じました。
松浦:私が印象的だったのが、共に生きるということです。目の前の子どもと共に生きて、今をどう味わっていけるのか。そこで完璧を求めすぎず、素の状態で接することが教育や子育てにおいて必要なのかなと感じました。最後までご参加いただきありがとうございました!
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