そう語るのは、株式会社arcaのCEOである辻 愛沙子さんです。
arcaの経営者として、コミュニティ型スクール「Social Coffee House」の一員として、そして報道番組のコメンテーターとしても、社会課題とそれを取り巻く人々に対峙する辻さん。日々の活動の中で、「社会に対して抱いた違和感をなかったことにしてしまう人が多いように感じる」と話します。
生活する中で感じた痛みや違和感をなかったことにしないためにはどうすればいいのか。それを考えるため、「“葛藤” や “自問” との付き合い方」をテーマに、THE COACH ICPとSocial Coffee Houseがコラボイベントを開催しました。
このnoteでは辻 愛沙子さん、THE COACH代表のこばかな、岡田 裕介さんによるトークセッションをダイジェストでお届けします。
〈登壇者プロフィール〉
辻さんがSocial Coffee Houseを設立された理由
こばかな:本日は、辻さんが立ち上げた「Social Coffee House」と、THE COACHとのコラボイベントです。事前の打ち合わせで、辻さんから「わからない」を素直に開示できる場を語れる場を作りたくてSocial Coffee Houseを立ち上げた、といったお話がありましたよね。
辻:ジェンダーや政治についてモヤモヤすることがあっても、日常生活で気軽に話せないと悩んでいる方は多くいらっしゃいます。そうした方が語り合えるサードプレイスをつくりたいと思ったのが、「Social Coffee House」を立ち上げたきっかけです。
辻:政治やジェンダー問題のような社会的な話や、日常で感じた違和感や痛みを職場の同僚や友人、家族などに話そうと思っても、「急にどうしたどうした」「難しい話はやめようよ」と言われるかもしれない。場の空気を壊したくないからと考え、抱えている疑問や考え、違和感を誰にも共有できずにいる人はたくさんいます。
でも小さなモヤモヤは社会を変え得る種であり、そういう小さな声を無かったことにしてしまう社会にしたくない。小さくてもいいから誰かと共有できる場をつくりたいと思って、あえてクローズドな環境を作りました。
こばかな:めちゃくちゃ共感します。素朴な疑問や社会に対する問いは、社会を変えるきっかけになるはずですよね。私たちはコーチングを生業としているので、問いの重要性やパワフルさを日々痛感しているところです。
岡田:社会とまではいかないまでも、誰かのために何かをしたいと感じることは多いと思います。自分の中に「火種が起こる」というか。それを誰かに話したときにあまり共感されないと、火種は一瞬にして消えたり忘れられたりしてしまいますよね。だから、Social Coffee Houseのように、自分の中で起こった火種を共有できる場があるだけで素敵なことですね。
敵は人ではなく、社会構造そのものにある
岡田:社会課題との向き合い方について辻さんにひとつ伺いたかったことがあって。社会課題って何かを解決しても結局また別の問題が生まれる、みたいな現象が起きると思うんです。社会課題が持っているこの性質についてはどうお考えですか。
辻:まさにおっしゃる通りで、何らかの施策によってひとつの課題が解決に向けて軌道にのったにもかかわらず、次の課題が芋づる式に表面化していくことはよくあります。多くの社会課題には、実は複合的な痛みがある。
たとえば、ジェンダーギャップの課題でも、「女性が抱える不均衡」の話題の中で「男性だってつらいんだ」という声があがるなど、不必要に男女が対立してしまっているシーンをよく目にするんです。
でも、どちらの性別が悪いという話ではなく、性別によって不均衡が生まれているその社会構造そのものが問題だと思うんです。女性の就業率と男性の育休取得率の数値が比例しているように、一見別の痛みに思えるものも、課題の根っこは同じところにあるケースが社会課題には往々にして存在します。
本当は双方が連携して社会そのものに向き合えば解決に近づくはずなのですが、現実では対立にエネルギーを割いてしまう現象はたくさん起きているんです。どうやったらさまざまな場面で連帯を生めるのかは、日々悩みながら課題に向き合っています。
岡田:ここは答えがないところですよね。僕も20代のころ社会課題に対して憤ることがありました。ただ、振り返るとあの正義感には危うさもあると思っています。
自分の内側から湧いてくる感情をもとに、これは敵だから成敗せねばと奮闘するほど、より問題を複雑化させてしまうこともある。自分自身の正義感ともいかにして向き合っていくかは大事なことかもしれないですよね。
辻:何が敵かを見誤らないのは大事ですよね。男性VS女性、家庭に入っている人VSフルタイムで働く人のように、違うアイデンティティを持っていたり、違う生き方をする人が敵だと思い込んでしまうかもしれないけど、生きづらさや痛みの根っこにあるもの、あくまで “敵” は社会の構造そのものにある。敵はあくまで人じゃないというのは、忘れずにいたいですね。
こばかな:二項対立の問題に向き合うのは、コーチングの現場でもよくあります。Aさんが悪いと思い込むと、その情報だけを集めてAさんを徹底的に叩きたくなるような認知のバイアスが起こる。
でもAさんの良くないポイントを探すのではなく事象や構造に目を向けると、自分自身が冷静に判断できる状態になる。コーチをしていて、そんなパラダイムシフトを目撃したことは何度もあります。
「社会に必要なこと」と「自分ができること」のギャップ
こばかな:個人的な興味なのですが、SNSで社会課題について取り上げることについては、辻さんはどうお考えですか。私はTwitterをよく使っていて、ジェンダーや政治的なトピックスはSNS上で賛否両論が起きやすいイメージがあります。
辻:私としては、家族や職場などでも日常的に社会課題について話しているため、SNSだからといって向き合い方が変わるということはありません。仕事の会議室でも、地上波の番組でも、SNSでも同じように、課題や違和感をそのまま見て見ぬふりしたくないんです。
ただ、SNSで社会課題について発信をすると、意見が違う人からの揶揄や嫌がらせが届いたり、解決までの分厚い壁を痛感して無力感に苛まれたりすることも確かにあります。それでも声を挙げるのは、同じように違和感を感じている人に向けて、ひとりじゃない、同じように思っている人がいるよと伝えたいからでもあります。
こばかな:辻さんにとってSNSでの発信は特別なことではなく、「平常運転」なんですね。“無力感” というお話も出ましたが、「社会に必要なこと」と「自分ができること」のギャップについてはいかがでしょう。
辻:自分ができることなんてちっぽけで、無力感にさいなまれることもあるかもしれません。でも、だからこそ「微力だけど無力じゃない」と自分に言っていくしかないと思っています。
たとえば保育園の待機児童問題など、多くの人が既に困っていたり感じているけれど中々表面化されてこなかった社会課題が、「保育園落ちた日本死ね」という1人の女性の叫びにも似た強い声にとってようやく可視化される、という事は実際にあります。たった1人の声が社会のうねりを起こす事がある。ただ、小さな声が社会に届き可視化されるまでに立ちはだかる壁は、中々分厚く高いのもまた事実で。
にもかかわらず私たちが声を上げるのは、目の前の違和感をなかったことにはしたくないから。たったひとつの声で一気に社会を変えようとするのは難しいかもしれないけど、そのバトンを次々と繋ぎ連帯していくために、そしてその声の積み重ねが社会を変えていくと信じて、小さな違和感を無かったことにせず、社会に存在する様々な不均衡や痛みをできるだけを可視化していければと思っています。
意見が対立したときに、傾聴が難しくなる
辻:私からも質問させてください。自分とイデオロギーが違う人と話すとき、どのように向き合えば、“対立” ではなく “対話” ができるのだろうとよく考えるんです。一般的に、違いを悪いものだと捉える風潮があるように感じていて。
対話によって他者理解をしたり、自分の知らない痛みや目線を知ることが大事だと思っているんですが、理解し合いながら対話を深めていく傾聴力を養うにはどうしたらいいのでしょうか。コーチとして人に向き合い続けてきたおふたりなら、と思いまして。
岡田:傾聴はスキルではなくあり方だと、個人的には思っています。対立をしている中で、相手の思いを受け止めたり、その人が抱える葛藤を見つめたりするのは、自分自身に余白がないとできない。
意見が対立している際は、相手の声を聞きながら自分の内側からも感情が湧いてくることがあります。相手のスタンスが自分の正義に反している場合、強烈な怒りの感情が湧いてくる。すると、相手の話を傾聴できる状態ではなくなってくるので、対立構造が明確になってしまう。
そのときに、自分から出てくる声を自分自身で受け止められるかどうかは、とても大事になってきます。
辻:傾聴はスキルではなくあり方、というのは納得感がありますね。誠実さや倫理的といったスタンスに近いのかも。
私自身「こんな痛みがある」「いろんな不均衡がありすぎるよね」と話をしていると、「利他的で優しいんだね」「倫理的だね」「誠実だね」と言っていただけることがあって。でもそれは生まれ持ったものではなくて、一瞬一瞬の選択で誠実であろうとしているだけなんです。ただし自分の中に余裕がないと、その選択ができないこともある。岡田さんの傾聴の話とすこし似ているかもしれません。
「理解」と「共感」は別問題
岡田:辻さんから ”痛み” についてお話があって、そこから湧いてきたことがあります。痛みというと、治癒をしなければいけないように思えますが、その痛みが誰かに理解されるだけでも癒やされる場合がありますよね。
さきほど辻さんがおっしゃっていた、「モヤモヤをなかったことにしないために可視化する」を実現すると、それを見て「わかってくれる人がいるんだ」と癒やされる人が出てくるはずです。
そもそも人は100人いれば100通りの価値観や正義があるわけで、対立している人同士がそれぞれを「わかりあえない」という事実を「わかりあう」ということも大事な気がします。
それは、各々の意見自体が受け入れられないことだったとしても、存在そのものは承認するということです。実質何も解決していなくても、お互いの意識が変わることで、結果的に歩み寄れてしまうケースだってあると思います。
辻:激しく共感します。たとえば出産においても、男女の間には絶対的な身体的不均衡が存在するじゃないですか。でも、それについて対話するのは「同じ痛みを背負ってほしい」訳でもなく、「痛みを被らない自分を責めてほしい」訳でもなく、そこに不均衡があるということを理解し合うことが大事だと思うんです。
意見の相違があって賛同や共感は得られなくても、せめて理解されるだけで癒やされることもあると思います。私は昔から、”agree” と “understand” を分けてコミュニケーションを取ることを大事にしているんです。
たとえばパートナーとイデオロギーが違うとき、なぜその考えに至ったのかは理解できるけど、私だったらこう思うから賛同や共感はできない。理解はできるが共感はできない、と使い分けることで対話が落ち着くことはよくあります。
岡田:仮に、対立してしまった当事者に理解されなかったとしても、別の誰かに理解してもらえればその体験で癒やされることもあります。誰かと分かち合うのは大事なことかもしれませんね。
社会課題に対して向き合い続けることの大切さ
こばかな:辻さんのお話、とても共感しています。社会課題と対峙するときって人同士の対立になりやすいと思いますが、やはり前提として、対話をする人自身のあり方は非常に重要だと感じました。
コーチングの大切な考え方として、「その人自身がどうあろうと、その人自身は満たされている」というスタンスがあります。相手の存在そのものを肯定するような姿勢が、社会課題に向き合う上で大事になってくると思いました。
岡田:相手への尊重を忘れてはいけないですよね。カウンセリングの分野では「無条件の肯定」という考え方もあります。意見の対立が起きて、そこから発言者の人格否定にまで及ぶとその場の収拾がつかなくなってしまいますが、存在が肯定されている関係性であれば、お互いの意見を傾聴しやすいはずです。
辻:それはとてもわかります。誰かと対話をするときに、”being” と “doing” を分けて考えることを私は意識しています。行動(doing)は良くないと思ったけど、あなたの存在(being)は無条件に肯定する。“being” を受け止めてくれる環境だと丸裸になっていろんな話ができるよな、と振り返って感じました。
ただ、心理的安全性のもと意見をぶつけ合える場は、なんでもありな無法地帯というわけではないと思って。そのあたりはどう思いますか。
岡田:無法地帯の環境については表層的な関係性を感じますが、心理的な安全性が担保されている環境であればシビアな意見を言い合えるイメージがします。その人を傷つけることが目的ではなく、その人のことを真剣に考えているからこそ、だめなことはだめだと言い合える。
辻:たしかに信頼関係があるからこそ、シビアな意見は刺さりますよね。個人的に思うのは、膝を突き合わせて本気で対話をすれば、傷つくことだってある。みんな形が違うから、違和感を感じたり、衝突が生まれるのは、むしろ必然のようにも思えてきます。それを踏まえた上で、人や社会課題に向き合うのは大事なのかもしれません。
こばかな:とても良い話だと思いつつ、お時間が来ましたので、最後に本日のご感想をお願いします。
岡田:今日出てきたお話は答えのないことばかりでしたが、それをいかに自分の中で受け止め続けられるのか、その向き合い続けるプロセス自体に価値があるのかな、と改めて感じました。
辻:ビジネスの現場や普段の生活の中で、多くの人がきれいな結論やオチを探すクセを持ってしまっているかと思います。ですが今日改めて、いろんなことを話した時間だったね、と終わるのも素敵なことだと感じました。結論を急がず、to be continued感のある対話を続けていければと思っています。
こばかな:ありがとうございました!
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