2023.07.21

少年はなぜ冒険に出たのか。『君たちはどう生きるか』をプロコーチの2人が語る。

プロモーションやあらすじ等の事前情報が一切公開されないまま、2023年7月14日(金)に上映を開始したスタジオジブリの最新作『君たちはどう生きるか』

「おそらく、訳が分からなかったことでしょう。私自身、訳が分からないところがありました」。(※1)

宮崎駿監督自身もこう述べている前代未聞な本作は、さまざまな憶測や解釈を生み、議論が盛んに交わされています。

少年少女の成長や、自然と世界との関わりを描くジブリ作品は、プロコーチが多数所属するTHE COACHの中でもたびたび話題になっていました。

そこで今回は、コンテンツ愛の深い二人のコーチをお呼びし、『君たちはどう生きるか』をテーマに対談を実施。

“下の世界”とは何だったのか、宮崎駿監督が伝えたかったこととは何だったのか。そして、人の変容や心のあり方に向き合うコーチの二人は、本作からどんなメッセージを受け取ったのでしょうか?

※1 参照:https://book.asahi.com/article/14953353

あらすじ
第2次世界大戦中、主人公の少年・牧眞人(まき まひと)は、病院の火事で母親を失う。父の再婚をきっかけに、東京から田舎へ疎開することに。父の再婚相手は母の妹・夏子(なつこ)だった。眞人は不気味なアオサギに導かれ、大異世界に足を踏み入れることになる。

参照:https://www.cinematoday.jp/page/A0008867

話し手①もっちゃん:本橋 竜太
THE COACH ICP講師。Burger King Japanをはじめ、主に外食産業にて人材組織開発に従事。個人・組織問わず、ビジネスパーソン(メンバー、マネージャー、CxO、起業家)やプロスポーツ選手など、幅広いクライアントに向けたコーチングを提供。国際コーチング連盟認定コーチ(PCC)。

話し手②おかちゃん:岡田 裕介(おかだ ゆうすけ)
THE COACH ICP講師。THE COACH 共同代表・代表取締役。株式会社パーソルキャリアに入社。転職支援・採用コンサルティングに従事。その後、オルタナティブスクールを運営する教育系の社団法人を共同設立。独立後は、認定プロフェッショナルコーチとして、スタートアップ企業の経営者・CxO・マネジメントクラスを中心にコーチングを提供。国際コーチング連盟認定コーチ(PCC)。

※本記事は『君たちはどう生きるか』の内容・結末に触れています。ぜひ映画本編をご覧になってからお読みください。

仮に「すべて眞人の夢だった」と捉えてみる


——この作品は難解な部分も多く、さまざまな解釈が飛び交っていますね。まずは、この作品の印象はどうでしたか?

もっちゃん:最初に思ったのが「眞人の順応性高すぎない?」と(笑)。本当のお母さんが亡くなるシーンからはじまり、お父さんの都合で疎開することになり、新しい母親はお母さんの妹。お腹にはすでに子が宿っているし、学校ではいじめに遭うし。眞人を取り巻く環境を冷静に捉えると、相当苦しいはずなんです。

『君たちはどう生きるか』の原作を読んで感動したとはいえ、アオサギと勇敢に戦おうとしたり、夏子を助けに行く決断をしたりと、あまりにも状況に対する適応力が高すぎる気がして。ちょっと違和感がありました。

おかちゃん:それでいうと、僕はあの“下の世界”はすべて眞人の夢だったんじゃないかと思うんですよね。下の世界というよりかは、アオサギが擬人化したところからすべて夢だったんじゃないかと。現実の世界では、アオサギは普通のアオサギなんです。

仮に「すべて眞人の夢だった」と捉えると、もっちゃんのいう違和感も少し説明できる気がするんですよ。

https://twitter.com/JP_GHIBLI/status/1679626765646413824

——というと……?

おかちゃん:著名な心理学者ユングは無意識の働きを意識的に把握するための技法として「夢分析」というものを扱っています。夢からはいろんな解釈ができるんです。

たとえば、現実ですごく優しい人にも怒りの感情は絶対にあるわけです。だから自分の心の全体性を保つために、夢の中では自分が怒り狂っていたりするんですよ。

この物語でも、現実の眞人は従順で自分の感情を内に秘めている子ですよね。夏子のことを認めることができなくて、でもそれを怒りとして表現することもできない。夏子も夏子で、そんな眞人にめちゃくちゃ気を遣って本音を出さないし、キリコも現実の世界ではそんなに眞人に協力的な人ではない気がするんです。

でも、仮に“下の世界”が夢だったとすると、夢の世界では眞人は夏子を助けるためにすごく勇敢に戦うし、夏子も感情を露わにするシーンがあります。つまり、夢の世界のほうが現実よりもみんな人間らしいというか、温かみのある人になっていた気がするんですよね。

もっちゃん:たしかに、夢の世界のみんなのほうが眞人に対してちゃんと感情をぶつけてましたね。夏子は「あんたなんか大嫌い」みたいな。現実世界のキリコは「坊っちゃん」という感じで一定の距離を置いてましたが、夢の世界では結構厳しいことも言っていた印象があります。

そう思うと、眞人が現実世界で押し殺していた副人格が夢の中で現れ、「全体性が回復されていく物語」といえるのかな。

おかちゃん:見た夢の記録をつけるだけでも、自分の全体性が取り戻されて癒しにつながるとも言われていたりするんです。現実の世界で押し殺してしまっていた自分の一面に夢の中で出会い、受け入れる。そうすることで、ドロドロとした現実をまた生きていける。仮にすべてが眞人の夢だと捉えると、そういう物語としてみることができる気がします。

眞人と夏子の関係性を変えた「本性を見せる」ということ


——夏子が「あんたなんか大嫌い」と眞人に叫ぶシーンがありますよね。そのあと、眞人は夏子のことを初めて「お母さん」と呼ぶようになります。「嫌い」って言われたら、普通は心をより閉ざしてしまいそうなのに、なぜ眞人は「お母さん」として認めることができたのでしょうか?

もっちゃん:僕としては、眞人の中に夏子をお母さんとして認めたい気持ちがすでに芽生えていたんじゃないかなと思います。怪我をしてベッドで横たわっている眞人に対して、夏子は「こんな怪我をさせちゃってごめん」と涙を流しますよね。

犯人探しに躍起になるお父さんとは違って、ちゃんと眞人のことを見ようとしているように僕には見えました。そうじゃないと、夏子を助けようとする動機が見えてこない気がして……。

でもここまで話してみて、何をするにも「動機」って一つじゃないんだなって思いますね。原作を読んだこととか、アオサギに導かれたからとか、もしかしたら眞人は学校を休む口実が欲しかっただけかもしれない。

あらゆる葛藤や想いが積み重なって人は行動に至るんだな、そんなに人の動機って簡単に説明できるものじゃないんだなと、教えられた気がします。

https://twitter.com/JP_GHIBLI/status/1680594141439483908

おかちゃん:反対の解釈もできると僕は思うんですよね。現実の世界では、眞人からすると夏子はずっと偽善者に見えていたのかなって。涙を流して心配してくれているのに、眞人はすごく冷たい反応をしますよね。「お母さんぶりやがって」みたいに思っていたのかな(笑)。

でも“下の世界”では、「大嫌い」って思いっきり感情をぶつけられるわけです。心理学的には本性を見せられると、自分も本性を出せるようになることはあると思います。ずっと偽善者に見えていた夏子が感情を露わにしたことが、二人の関係性を変えたんじゃないかなと。

わからないことはわからないまま待ってみると、自分の意志が見えてくる


——この映画を通じて、どんなメッセージを持ち帰りましたか?

おかちゃん:“下の世界”を創り出した大叔父は「言った通りに積み木を積めば、世界は平和になるよ」と道を示しているわけですが、ラストシーンで眞人は現実と向き合い、自分で決める道を選択しますよね。

だから、宮崎駿監督も「誰かの真似をするんじゃなくて、あなたの意志でこのよくわからない現実を生きていきなさい」と言ってるんじゃないかなと。

それと同時に「人間には自由意志はあるのか」というのが僕の最近の問いなんです。自分で決めているようで、実はもっと大きな力学が働いていて、僕らは行動させられているともいえる。自分でコントロールできることは、自由なようで不自由でもあるというか、苦しみを生み出したりもすると思うんです。

宮崎駿監督は、世界や自然の大きな力学というか人間の手ではコントロールできない大きな力の働きを描いてきた人ともいえますよね。自分の意志で道を選ぶことと、でも世は自分の意志だけで動いているわけでないという、その両方が同時に描かれているようにも感じます。

https://twitter.com/JP_GHIBLI/status/1681076316576071686

もっちゃん:仏教には「偏ったり極端にならない穏当なさま」を意味する「中道(ちゅうどう)」という言葉があります。激しすぎる波でもなく穏やかすぎる波でもない、その間にいることの大切さを僕は受け取りました。

自分の感情がわからないときってワクワクもするけど怖いし、どうしようもなくそわそわしますよね。だから、早く抜け出したくなると思います。でも、わからないものをわからないままに、とりあえず待ってみる。すると、感情や思考が巡っていき、眞人のように、必要なタイミングで自分の意志が見えてくるのかなと思います。

中道の精神を持ち、湧き上がるさまざまなもの、そのいずれにも囚われず執着せず、間に立つことで自覚できることがあると。

宮崎駿監督自身が「訳が分からないところがありました」とコメントしているくらいですから、わからないことはわからない。それでもいいと教えてくれる映画でした。

執筆:佐藤伶

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